大谷翔平は小学生の頃どんな選手だった?水沢リトルで始まった「二刀流」の原点

世界の舞台で投手と打者の「二刀流」として活躍する大谷翔平選手。 今では誰もが知るスーパースターですが、 小学生の頃はどんな野球少年だったのでしょうか。

今回は、大谷選手が野球を始めたきっかけや小学生時代に所属したチーム、 当時の生活などを振り返りながら、 現在につながる「大谷翔平の原点」を見ていきます。

大谷翔平はいつから野球を始めた?

大谷翔平選手は1994年、岩手県に生まれました。 奥州市の公式情報によると、2001年に奥州市立姉体小学校へ入学し、 小学生時代には水沢リトルリーグに所属しています。

大谷選手本人は、野球を始めた時期について 小学2年生の秋ごろ、3年生になる少し前だったと振り返っています。

最初から毎日のように野球漬けだったわけではありません。 地元の硬式リトルリーグの体験会へ参加したことが、 本格的に野球を始めるきっかけになりました。

  • 出身:岩手県奥州市
  • 小学校:奥州市立姉体小学校
  • 小学生時代の所属:水沢リトルリーグ
  • 野球を始めた時期:小学2年生の秋ごろ

野球の原点は「父とのキャッチボール」

チームに入る以前から、大谷選手の身近には野球がありました。 その一つが、野球経験のある父とのキャッチボールです。

水沢リトルリーグでは父も指導に携わり、 大谷選手にとって父親は家族であると同時に、 野球を教えてくれる指導者でもありました。

現在の大谷選手を見ると、幼い頃から特別なトレーニングを ひたすら続けていたように想像してしまいます。 しかし、小学生時代の生活を見てみると、 少し違った姿が見えてきます。

平日は遊び、水泳も。毎日が野球だけではなかった

大谷選手自身が語った小学生時代の生活によると、 土日は野球の練習や試合が中心でした。

一方で平日は普通に友達と遊び、 小学5~6年生ごろまでは週2回ほど水泳にも取り組んでいたそうです。

「有名選手=小さい頃から野球だけ」ではない 大谷選手の少年時代を見ると、 一つの競技だけを毎日続けていたわけではありません。 野球を楽しみながら、遊びや別のスポーツにも触れていました。

子どもがスポーツを始めると、 「もっと練習した方がいいのでは?」 「早く一つの競技に絞った方がいいのでは?」 と考えることもあるかもしれません。

しかし、大谷選手の小学生時代は、 子どものスポーツとの関わり方にはさまざまな形があることを 改めて感じさせてくれます。

小学生の頃から才能は目立っていた

もちろん、大谷選手は当時から運動能力の高さを見せていました。 少年時代を知る関係者の証言では、 同年代の中でも背が高く、走る、投げる、打つといった面で 目立つ存在だったことが伝えられています。

ただし、大谷選手自身が少年時代について語る際に印象的なのは、 結果だけではなく「野球が楽しかった」という部分です。

年上の選手たちと一緒にプレーし、 できなかったことができるようになる。 そして、自分より上手な選手に「負けたくない」と思う。

そうした経験そのものが、野球を続けていく原動力になっていたようです。

大谷翔平の小学生時代から考えたいこと

最初から「将来のスター」である必要はない

大谷翔平選手の現在の活躍を知っている私たちは、 少年時代のエピソードにも「才能の証」を探してしまいがちです。

しかし、子どものスポーツで大切なのは、 将来プロになれるかどうかだけではありません。

「やってみたら楽しかった」
「昨日できなかったことができた」
「もっと上手な子に追いつきたい」

そんな経験が、スポーツを続けるきっかけになります。 大谷選手にも、リトルリーグに初めて参加した一人の野球少年だった時代がありました。

まずは体験してみるところから

大谷選手が本格的に野球を始めるきっかけの一つも、 地域のリトルリーグとの出会いでした。

子どもにスポーツをさせてみたいと思っていても、 最初から競技やチームを決める必要はありません。

野球、サッカー、バレーボール、バスケットボールなど、 気になる競技があれば、まずは地域のクラブを探し、 見学や体験に参加してみるのも一つの方法です。

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参考資料
・奥州市「大谷翔平選手の歩み」
・大谷翔平選手の少年時代に関する本人インタビュー
・少年時代および水沢リトルリーグ時代についての報道・インタビュー記事