一ノ瀬漣は小学生の頃どんな選手だった?鎮西高校のエースから高校生で日本代表へ
高校生ながら全国の舞台で注目を集め、2026年度には高校3年生で男子日本代表の登録メンバーに初選出されました。
そんな一ノ瀬選手は、どんなきっかけでバレーボールを始め、どのようなジュニア時代を過ごしてきたのでしょうか。
小学2年生でバレーを始めた頃から、佐賀で過ごした中学時代、そして憧れていた鎮西高校のエースになるまでをたどってみます。
一ノ瀬漣選手はどんな選手?
一ノ瀬選手は、高さとパワーを生かしたスパイクを武器とするアウトサイドヒッターです。
鎮西高校では1年生の頃からレギュラーとして全国大会を経験。高校2年生になると、全国高校総体(インターハイ)や国民スポーツ大会などでチームの中心選手として活躍しました。
そして高校3年生となった2026年、男子日本代表の登録メンバーに初めて選ばれています。
バレーボールを始めたのは小学2年生
一ノ瀬選手がバレーボールを始めたのは、小学2年生の頃とされています。
両親がバレーボール経験者で、その影響もあり、幼い頃からバレーボールが身近にある環境で育ちました。
そして競技を始めて間もない頃、一ノ瀬選手に大きな影響を与えたのがテレビで見た春高バレーでした。
テレビで春高バレーを見た一ノ瀬選手は、熊本県の名門・鎮西高校のバレーに憧れを持つようになります。
そして「鎮西に入ってエースになりたい」という夢を持つようになったと紹介されています。
小学生の頃に見た「鎮西」が将来の目標に
鎮西高校は、熊本県を代表するバレーボールの強豪校です。
春高バレーでも全国優勝を経験し、これまで数多くのトップ選手を輩出してきました。
一ノ瀬選手にとって、その鎮西高校は子どもの頃からの憧れでした。
ジュニアスポーツでは、テレビで見た選手、地域の先輩、兄や姉など、身近な存在や憧れの選手が競技を続ける目標になることがあります。
一ノ瀬選手の場合は、小学生の頃に見た高校バレーが、その後の進路につながるほど大きな目標になりました。
中学校は地元・佐賀市立大和中学校へ
小学校卒業後、一ノ瀬選手は佐賀市立大和中学校へ進学します。
この時点で県外の強豪校へ進んだわけではなく、地元・佐賀県でバレーボールを続けました。
中学生になると、恵まれた体格や高い身体能力に加えて、スパイカーとしての技術も大きく成長します。
そして中学時代から、全国レベルで注目される選手になっていきました。
中学時代に全国レベルの選手へ
一ノ瀬選手は中学生の頃から全国大会を経験しています。
佐賀県選抜の選手として全国都道府県対抗中学バレーボール大会などの舞台を経験し、全国の選手たちとプレーしました。
中学3年生の頃には全国中学生選抜にも選ばれるなど、高校進学前にはすでに全国レベルで知られる選手になっていました。
一ノ瀬選手は地元・佐賀市の中学校でプレーしながら力を伸ばし、全国の舞台へ進んでいきました。
進学先は、ずっと憧れていた鎮西高校
中学校を卒業すると、一ノ瀬選手は佐賀県を離れ、熊本県の鎮西高校へ進学します。
小学生の頃から憧れていた学校です。
つまり、小学生の頃に描いた「鎮西に入ってエースになる」という目標に、本当に近づくことになります。
ただ、全国屈指の強豪校に入れば、全国から有力選手が集まります。
高校へ進学しただけで試合に出られるわけではありません。
それでも一ノ瀬選手は、高校1年生からレギュラーに抜擢されます。
高校1年生から「鎮西のエース」として全国へ
一ノ瀬選手は高校入学後、早い段階から鎮西高校の主力選手としてコートに立ちました。
1年生ながらインターハイや春高バレーといった全国大会を経験。
191cm前後の身長と高い打点を生かした力強いスパイクで、一気に高校バレー界から注目を集めるようになります。
テレビで見て憧れたチームに入り、そのチームで1年生から主力として全国大会に出場する。
一ノ瀬選手のジュニア時代から高校までの歩みで、特に印象的なポイントです。
高校2年生で経験した海外での挫折
一ノ瀬選手の成長は、国内だけで続いたわけではありません。
高校2年生のときには、選抜チームの一員としてイタリア遠征を経験しています。
しかし、海外の高いブロックやサーブを前に、思うようにプレーできない経験もしました。
それまで高さやパワーを武器としてきた一ノ瀬選手にとって、世界にはさらに高い選手、強い選手がいることを実感する機会になりました。
その経験を通して、攻撃だけではなく、レシーブなども含めてプレーできる「真のアウトサイドヒッター」を目指す意識が強くなったといいます。
そして高校3年生で男子日本代表へ
2026年4月、一ノ瀬選手に大きなニュースがありました。
2026年度男子日本代表の登録メンバーに初選出。
しかも、選出された時点ではまだ高校3年生、17歳でした。
現役高校生での男子日本代表登録は珍しく、アウトサイドヒッターとしては、高校卒業直後に代表入りした高橋藍選手などと比較しても早いタイミングでの選出となりました。
一ノ瀬漣選手のジュニア時代をまとめると
小学生の頃の「憧れ」が進路になった
一ノ瀬選手のジュニア時代で特に興味深いのは、子どもの頃に持った憧れです。
小学生の頃にテレビで見た鎮西高校。
そこで活躍する選手を見て、「自分もここでエースになりたい」と思う。
そして実際に佐賀県から熊本県へ進学し、そのチームのエースとして全国大会で活躍するようになりました。
子どもの頃にスポーツを見ることや、憧れの選手を見つけることも、スポーツを続ける大きなモチベーションになることがわかります。
地元のチームからでも可能性は広がっている
もうひとつ注目したいのが、一ノ瀬選手が中学生まで地元・佐賀県でプレーしていたことです。
ジュニアスポーツでは、
「強い選手になるには、小さい頃から強豪チームへ行かないといけないのでは?」
と考えることもあるかもしれません。
しかし、子どもの成長にはさまざまな道があります。
まずは地域のクラブや学校で競技を楽しみ、そこで技術を磨き、成長に合わせて次の環境を選ぶという方法もあります。
一ノ瀬選手も、地元で経験を積みながら全国レベルへ成長し、高校進学時に憧れていた環境へ挑戦しました。
一ノ瀬漣選手のジュニア時代から見える3つのこと
まずは身近なスポーツクラブから始めてみよう
一ノ瀬選手も、最初の一歩は小学2年生の頃にバレーボールを始めたことでした。
その時点で、約10年後に高校生で日本代表に選ばれることまで決まっていたわけではありません。
子どものスポーツでは、まず「やってみたい」と思える競技に出会い、楽しみながら続けられる環境を見つけることが大切です。
そして続けていく中で、もっと上手くなりたい、試合に出たい、憧れのチームに入りたいという次の目標が生まれることもあります。
まずは地域にどんなチームがあるのかを知り、見学や体験に参加するところから始めてみてはいかがでしょうか。
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