今永昇太は小学生時代どんな選手だった?福岡・北九州からメジャーリーガーになるまで
横浜DeNAベイスターズのエースとして活躍し、日本代表も経験。その後は海を渡り、メジャーリーグでも先発投手として活躍しています。
そんな今永選手ですが、子どもの頃から硬式野球の強豪クラブでプレーしていたわけではありません。
野球人生のスタート地点は、福岡県北九州市にある地域のソフトボールクラブでした。
6歳頃に競技を始めたきっかけから、小学生、中学生、高校生、大学生、そしてプロ・メジャーリーグへ進むまでの歩みをたどってみます。
今永昇太選手はどんな選手?
今永選手は、キレのあるストレートや変化球を武器とする左腕投手です。
駒澤大学から2015年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから1位指名を受け、プロ入り。
プロ野球、日本代表を経てメジャーリーグへ挑戦し、現在では世界を舞台にプレーする投手となりました。
しかし、その野球人生の始まりは、地元・北九州市の身近なスポーツ環境にありました。
野球を始めたのは6歳、きっかけは5歳上の兄
今永選手が野球を始めたのは6歳頃です。
きっかけになったのは、5歳上のお兄さんでした。
今永選手のお兄さんは、北九州市の永犬丸西ソフトボールクラブでプレーしていました。
お母さんがお兄さんの練習の手伝いに行く際、幼かった今永選手も一緒にグラウンドへ連れて行かれていたそうです。
そこで「せっかくグラウンドに来ているなら、一緒にプレーしよう」となったことが、競技を始めるきっかけになりました。
プロ野球選手を目指して特別なチームを探したわけではなく、家族が参加していた身近な地域スポーツとの出会いが最初の一歩でした。
年長からソフトボールクラブの練習に参加
今永選手が最初に練習へ参加したのは、まだ幼稚園の年長の頃でした。
本来であれば小学生が参加するチームでしたが、特別に練習へ参加させてもらっていたと本人が振り返っています。
そして北九州市立永犬丸西小学校へ入学すると、正式に永犬丸西ソフトボールクラブのメンバーになりました。
今永選手が育った地域ではソフトボールが盛んで、お兄さんが所属していたチームへ入ることは自然な流れだったそうです。
現在では世界で投げるメジャーリーガーですが、その原点は地元の小学生が集まるソフトボールクラブでした。
最初からピッチャーではなかった
今永選手といえば「左のピッチャー」というイメージが強いですが、小学生の頃から投手だけをしていたわけではありません。
ソフトボールクラブに入ったばかりの頃は、「9番・ライト」からスタートしたと本人が振り返っています。
その後、ソフトボールに慣れていくにつれて、さまざまなポジションを経験しました。
ピッチャーだけではなく、キャッチャーやショートなども経験したそうです。
いろいろなポジションを経験しながら、少しずつ競技に慣れ、できることを増やしていったことが今永選手の小学生時代の特徴のひとつです。
いろいろなポジションを経験した小学生時代
今永選手は、小学生時代の指導者についても振り返っています。
当時の監督は柔軟な考えを持ち、子どもたちにさまざまな経験をさせていたそうです。
そのため、左投げだった今永選手もポジションを限定されることなく、さまざまな場所でプレーしました。
小学生のスポーツでは、早い時期からポジションを固定するのか、それともいろいろなプレーを経験するのかという考え方があります。
今永選手の場合は、地域のチームでさまざまなポジションを経験しながら野球の基礎に触れていったことが分かります。
中学生では学校の軟式野球部へ
小学校を卒業した今永選手は、北九州市立永犬丸中学校へ進学します。
中学校では、硬式野球のクラブチームではなく、学校の軟式野球部で野球を続けました。
小学生では地域のソフトボールクラブ、中学生では学校の野球部。
現在のメジャーリーガーとしての姿から考えると、意外に感じる人もいるかもしれません。
しかし今永選手の歩みを見ると、子どもの頃から特別な環境だけを選んできたのではなく、地元にある身近な環境で野球を続けながら成長してきたことが分かります。
高校も地元・北九州市の北筑高校へ
中学校卒業後も今永選手は北九州市で野球を続け、福岡県立北筑高校へ進学します。
高校では投手として力を伸ばしました。
ただし、高校時代に甲子園へ出場したわけではありません。
高校野球の段階で全国的なスターとして知られていた選手ではなく、その後の成長によって評価を大きく高めていくことになります。
今永選手は、小学生で地域のソフトボールクラブ、中学生で学校の軟式野球部、高校では地元の県立高校と、北九州で野球を続けながら成長しました。
駒澤大学で大きく成長
高校卒業後、今永選手は駒澤大学へ進学します。
大学野球で投手としてさらに成長し、全国的に注目される左腕となっていきました。
大学日本代表にも選出され、2015年にはユニバーシアード競技大会の日本代表メンバーとしても登録されています。
高校まで地元・北九州でプレーしていた投手が、大学野球を通じて全国トップレベルへと進んでいきました。
2015年ドラフト1位でプロ野球へ
2015年のプロ野球ドラフト会議。
今永選手は横浜DeNAベイスターズからドラフト1位指名を受けます。
そして2016年にプロ野球デビュー。
先発左腕として活躍を続け、日本代表にも選出されるなど、日本を代表する投手の一人へと成長していきました。
そして福岡・北九州からメジャーリーグへ
プロ野球で実績を積んだ今永選手は、その後メジャーリーグへ挑戦します。
2024年にMLBデビュー。
日本とは異なる環境の中でも先発投手として登板を重ね、世界最高峰の舞台でプレーする投手となりました。
今永選手の野球人生は、福岡・北九州の身近なスポーツ環境から始まっています。
今永昇太選手のジュニア時代をまとめると
今永昇太選手の小学生時代から見える3つのこと
まずは身近なスポーツチームを探してみよう
今永選手の野球人生も、最初のきっかけは兄が所属していた地域のソフトボールクラブでした。
子どもがスポーツを始めるとき、
「近所にはどんなチームがある?」
「初心者でも入れる?」
「何年生から参加できる?」
「練習は何曜日?」
「一度体験してみることはできる?」
と気になることはたくさんあります。
最初から将来の進路を決める必要はありません。
まずは地域にどんなチームがあるのかを知り、見学や体験に参加して、子どもが「やってみたい」と思える場所を見つけるところから始めてみてはいかがでしょうか。
近くの野球チームを探してみよう
ブイボでは、福岡市・糸島市を中心に、小学生・中学生向けのスポーツクラブを紹介しています。
野球をはじめ、バレーボール、サッカー、バスケットボールなど、地域や競技から気になるクラブを探してみてください。

